「なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった」(新共同訳聖書からの抜粋)。
これはイエスが語った「野の花」の言葉ですが、新約聖書のマタイによる福音書(6章28-29節)やルカによる福音書に登場する、新約聖書の中でも特に美しく有名な一節です。
創造主から授かった肉体を磨かずに着飾ることで誤魔化し、「質実剛健な生活ではなく、豪華絢爛であることが素晴らしい」と信じ込んでいる多くの現代人はこのイエスのことばの意味をよく考えるべきかも知れません。
2000年前に語られたイエスのこの言葉は現代人への強烈な警告として、重みを持って響いてきます。現代に生きる私たちは、オールドメディアやSNSなどを通じて垂れ流される、「贅沢な暮らしをすることが人間のステータスであり、幸福である」という低俗なプロパガンダを日々浴びています。
これは、まさに「洗脳」とも言える状況で、創造主(大宇宙なる自然)から授かった本来の肉体や精神という「土台」を磨くことから目を背け、人工的なもので「自分を偽り、誤魔化す行為を美化するもの」に他なりません。どれだけ外側をきらびやかに装っても、内面が伴っていなければ、それは中身のない張り子のようなものです。イエスが提示した「野の花」の美しさは、まさに質実剛健そのものです。
野の花は、誰かに見せるために着飾るわけではありません。激しい雨風に耐え、大地にしっかりと根を張り、ただ与えられた命を精一杯に生きています。そこには見栄も、偽りも、他者との比較もありません。だからこそ、人間の手で作られたどんな豪華なものよりも美しいのです。
健康な肉体を維持し、精神を研ぎ澄ますこと、余計な虚飾を捨てシンプルに生きること、即ち「必要なものはすべて与えられている」というイエスによるメッセージは、私たちSUNファームの信条にシンクロするところがあります。
過去の文明を全否定して原始的な生活に戻るのではなく、現代のテクノロジーと古代からの知恵を「質実剛健」に融合させながら、「過剰なものを手放し、自然の適量の中で生きる」という私たちSUNファームが提唱しているライフスタイルは、消費主義の渦に巻き込まれ、本当に大切なものを見失っている現代人にとって、「心の処方箋」となり得るのではないでしょうか。
Written by Kenya IKUTSU (生津 賢也)
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