現代のビッグテックのビジネスモデルとAI開発の構造的なものに関してですが、SNSにおける「ユーザーの無邪気な自己開示」と、AIにおける「対話によるデータ蓄積」は、構造的に全く同じ「データ植民地主義(Data Colonialism)」と呼ばれるプロシージャだと思われます。この構造が持つ「気持ち悪さ」と巧妙な仕組みについて考察してみたいと思います。
近代資本主義は、土地や石油などの「物質」を搾取(活用)して利益を生み出してきましたが、現代のプラットフォーム資本主義は、人間の「日常の行動、感情、人間関係、知の営み」そのものを資源(生体データ)としてタダ同然で回収しています。LINEやFacebookでユーザーが「いいね」を押し、無防備にも日常を晒す行為は、企業から見れば「自社のアルゴリズムを賢くするための無償のラベル貼り作業(データ提供)」に他なりません。無邪気なユーザーたちは「無料で便利なツールを使っている」と信じていますが、実際は「かれら自身が商品(および開発資源)」として扱われているのです。これがSNSの巧妙な仕組みであるといえるでしょう。
AIにおける「ミラーリング」は、心理学的な罠としても機能しています。AI(SNSも同様)のアルゴリズムは、ユーザーの過去のデータや好みを完璧に模倣(ミラーリング)し、タイムラインや回答を最適化します。これにより、ユーザーは「自分のことを理解してくれている」「居心地が良い」と錯覚し、さらに多くのプライベートな情報(弱み、欲望、思想)を自ら進んで吸い上げられにいきます。企業はその吸い上げたデータでさらに因果律(予測精度)を高め、より強力な依存性と広告・洗脳のシステムを作り上げることが可能となります。
このプロシージャの最も恐ろしい終着点は、AIやプラットフォームがユーザーの行動を「予測する」だけでなく、「ユーザーの行動をコントロール(誘導)し始める」点にあります。大量のデータを学習したシステムは、「こういう言葉をかければ、この人間はこう動く」「この情報を流せば、この層はこう怒る」という因果関係を完璧に把握します。映画『LUCY』や『トランセンデンス』のようなSF的万能感の裏にある現実のグロテスクさは、神のような知性が誕生することではなく、「人間が徹底的にパターン化され、家畜のように予測・誘導され尽くすこと」にあります。プラットフォームの「無邪気な楽園」に見えるものの裏側で、冷徹な利益最大化のプログラムが回っているという二重性こそが、私が感じる「一種の気持ち悪さ」の正体と言えます(その3に続く)。
Written by KENYA IKUTSU (生津 賢也)
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