汝の敵は

2019年08月28日 ブログ(blog)

経営再建及び事業・組織再構築に多くの時間を費やしている関係上、私の存在を快く思わない輩はこれまで数多く存在してきましたし、これからも存在し続けるのでしょう。

背中にナイフを突き刺そうと画策する連中を赦せるココロを持てるようになったのはつい最近のことです。

相対するものが不在であれば、自分の存在というものの価値は定めることができません。

つまり、自己の存在は相対的なものがあってはじめて、その存在を確保できるということです。

もう少し平たく言うと、多くの執着心と嫉妬心旺盛な人たちのお陰で私の能力が異彩を放つということです。

人生の出来事の中で自分の人生の前にあらわれるものは、自分というものの価値認識のために必要且つ、相対的な尊いものであると考えられます。

大義名分に生きることを人生のモットーとできれば、大概の場合敵を赦すことができます。

あるがままの現実を受け入れる宇宙のような広いココロで今日も一日。